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陣羽織ってなに?

陣羽織ってなに?

七五三シーズン真っ盛りですが、一般的に男の子が着用するのが『羽織袴スタイル』です。

ただ、時々お客様から問い合わせがあるのがこの羽織が一般的なものでなく『陣羽織』でも良いのかどうか?です。

先ずは『陣羽織とは何なのか』から検証してみましょう。

■ 陣羽織は室町後期から江戸時代初期にかけて花開いた桃山文化の賜物です。

戦国武将たちがこぞって着飾ったものが、この陣羽織です。豊臣秀吉由来の華やかな陣羽織が現在でも全国で見られるように安土桃山時代に花開いた武士のオシャレな服装だったのです。戦国時代なので、戦で戦う実用的な服装(具足)こそが求められた中で、この陣羽織こそが唯一可能なオシャレだったといえるでしょう。

多くの戦国大名を生み出した愛知(尾張・三河)・岐阜(美濃)地方においては『陣羽織最大の消費地』だったかもです。

■ 伝統的な服装文化と西洋文明との融合がこの陣羽織を形成しています。

羅紗や中国から輸入されたシルク生地で作られたものが現在も残されているように、南蛮文化の到来が陣羽織の文化を作り上げています。文様もイスラム文化由来の幾何学模様的なものが最も好まれていたようです。

■ 袖なし合羽が陣羽織の特徴的形式です。

陣羽織は具足の上に羽織っていたものなので、動きやすいことが何より最優先されます。そのため、袖なしノースリーブで大きな動きに対しても邪魔にならないような作りになっています


羅紗
羅紗(ラシャ)はポルトガル語由来のことばで、セルビアの首都ラサで生産されたことに由来とする毛織物の生地のこと
合羽
合羽(カッパ)はポルトガル語由来のことばで、外套(レインコート)を意味する (英語のケープ(cape)と同じ意味)

次に『七五三詣りの意味合い』と整合性を検証してみましょう。

■ 『七五三詣で』は江戸時代になってから始まった子供の健康祈願です。

現在の『七五三詣で』の原型は江戸時代の初めに始まった『髪置きの儀』『袴儀』『帯解きの儀』がルーツと言われています。この内、『袴儀』が男児の儀式のルーツで、生まれて初めて袴を着用する儀式が由来です

■ 『神社詣で』は豊穣感謝に由来します。

七五三の行われていた旧暦11月15日は現在の暦に変えると10月中旬頃です。稲刈りが終了したのち、その収穫・豊穣に感謝する意味で神社にお参りする意味でこの時期に行われています。
新暦に変わった明治以降も従来の11月15日が七五三詣りの日とされています

■ 結論として陣羽織でも問題ない

歴史的に見て七五三の目的は健康祈願・豊穣感謝のため袴着(初めての袴着用)で神社に参拝することなので、結論として着物袴に陣羽織を羽織る服装でも問題ないといえます。七五三の習慣が始まった江戸時代にはすでに陣羽織を羽織る習慣がなかったために陣羽織姿のイメージがありませんが、目的を外れる服装ではありません。
中国由来の行事で室町時代以前からあった『端午の節句』では鎧兜とともに陣羽織を飾る習慣があります